宇宙シロクマ

Tuscan Blue's blog

『No.9 -不滅の旋律-』 2018年 感想・掲載情報

2018年11月

11日(日)初日 ソワレ

13日(火)2日目 マチネ

(共に1回公演)

赤坂ACTシアター

 

目  次

 

 

後半から(注意書きのあとで)内容にふれています

 

公式

 東京 2018年11月11日(日)~12月2日(日)

 TBS赤坂ACTシアター

大阪 2018年12月7日(金)~12月10日(月)

 オリックス劇場

横浜 2018年12月2日(土)~12月25日(火)

 KAAT神奈川芸術劇場(ホール)

久留米 2019年1月11日(金)~1月14日(月)

 久留米シティプラザ(ザ・グランドホール) 

 

 

 

これから先、ベートーヴェンのことを思い浮かべるたびに、それはきっと稲垣吾郎さんの姿をしていると思います。

 

それほど強烈なインパクトのある、最高のベートーヴェンでした。

 

稲垣さんの凄さ、カリスマを初めて目の当たりにすることができてうれしいです。

 

 

「No.9」は、ベートーヴェンが苦難を突き抜けて歓喜にいたる物語です。

 

歓喜の歌」によってすべてが昇華されるので、終演後は晴れ晴れとした気分になります。

 

劇場の外に出たら、夜風が頬にふれて心地よかった……

 

寒くなかったのは、心も体も高揚してあたたかくなっていたからだと思います。

 

 

くわしくは後述しますが、総合芸術としてすばらしかったです。

 

キャストも全員、適役。

 

長谷川初範さん、羽場裕一さんというベテランが名演で基盤を支えていることもあり、舞台に厚みがありました。

 

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私は今回が初見でしたので、戯曲は読まず、まっさらな状態で観劇しました。

 

初日も感動しましたが、そのわずか2日後に観たときはさらに感動が深かったのです。

 

何度見ても発見のある舞台ですので、ぜひまた再演していただきたいです。

 

稲垣吾郎さんが「56歳になるまで演じたい」とプログラムでおっしゃっているので、期待しています。

 

「No.9」という名作が、第九のように年末恒例の舞台になることを願っています。

 

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ベートーヴェンが生まれた部屋(ボンのベートーヴェンハウス)

 

脚本(中島かずきさん)

 

 

中島かずきさんの脚本は大好きなので期待して観に行ったのですが、裏切られることのない最高の作品でした。

 

新感線とは違う、会話劇の歴史物。

 

史実や有名なベートーヴェンの逸話が骨組みとなっていて、普遍的で深いテーマが描かれています。

 

芸術を扱いながらもエンターテイメント作品にしているところが凄い。

 

苦しみの果てには喜びがあるのですね。

 

さすが中島かずきさんでした。

 

私にとって「髑髏城の七人」は特別なので、それを除外すれば、中島さんの御本の中では「No.9」が一番好きになりました。

 

 

演出(白井晃さん)

 

 

ベートーヴェンの深奥を描くにふさわしい、すばらしい演出でした。

 

「No.9」が全体的に品が良くて素敵なのは、白井晃さんのセンスと美意識だと思います。

 

冒頭から、フィナーレで天から降ってきた楽譜を人々が手にするところまで、すべて白井さんの視線が鋭く光っているのを感じます。

 

一場面、一場面が、まるで絵画のようでした。

 

登場人物たちの立ち位置、小道具の配置など、緻密に描かれた油彩のよう。

 

暗転をせず、芝居のまま流れるように場面転換していくさまも美しい。

 

額縁のない広がりを感じました。

 

ある場面転換のときに、ニコラウスが、さりげなくフォルテピアノの位置を少し奥に移動してから退場していくようすが印象に残っています。

 

まっすぐな背中の後ろ姿。

 

ピアノを聴きながら、夢が場面転換していくような感覚になりました。

 

 

音楽(三宅純さん)、ピアノ(末永匡さん、富永峻さん)

 

 

「No.9」で使用されているグランドピアノは、ベヒシュタインとホフマンです。

 

(舞台の上手が末永匡さんとBECHSTEIN、下手が富永峻さんとHOFFMAN)

 

透明感があり、氷上の薔薇のように美しい音色でした。

 

舞台の上手と下手に一台ずつおかれ、ピアニストがセンス良くベートーヴェンの楽曲を奏でます。

 

中央にはベートーヴェン自身のフォルテピアノがあり、この三台の絵的なバランスがとてもいいのです。

 

複数台がおかれたピアノ工房のシーンでもそうでした。

 

舞台セットのピアノと本物のピアノが調和していて、まるで絵画のよう。

 

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ベートーヴェンフォルテピアノ(ボンのベートーヴェンハウス)

 

選曲もすばらしかったです。

 

ベートーヴェンの楽曲にはドラマがあるので、ひとつひとつの音がセリフであり、ト書きであり、情景描写のようなものです。

 

ピアニストの末永匠さんと富永峻さんは伴奏で終わっておらず、役者のひとりとして参加しているかのようでした。

 

音で演技を奏でているのでしょう。

 

何度も聞き入ってしまいました。

 

演技の章でまた書きますが、キャストや場面転換と美しく調和していたピアノソナタ第1番の第4楽章、第8番の第3楽章などが心に残ります。

 

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「No.9」と同型のベヒシュタイン(手前)と ホフマン W.HOFFMAN T-161(奥)

 

赤坂ベヒシュタインセンターには「No.9」と同型のグランドピアノがあり、試弾することができます。

(2台の異なるモデルが採用されています。写真手前がベヒシュタインで、奥にあるのがホフマンT-161です)

 

赤坂駅のすぐそばにある、雰囲気のよい素敵なサロンです。

 

赤坂ベヒシュタイン・センター | ユーロピアノ株式会社

 

 

美術(松井るみさん)

 

 

舞台全体がピアノの象徴のようでもあり、ベートーヴェンの頭の中のようでもあります。

 

ピアノの内部にある弦のような棒が、舞台の床から天井までまっすぐ何本ものびていて、それらが時に、ベートーヴェンの心理をあらわすように不安そうに揺れるのです。

 

長い弦は場面によって、ウィーンの街の雑踏となったり、街路樹のようにも見えました。

 

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グランドピアノの内部


 

奥行きのある舞台セットは、ヨーロッパやロシアの歌劇場を思い起こさせます。

  

過不足なく美しい、伝統に裏打ちされた美術でした。

 

 

衣装(前田文子さん)

 

 

品があって舞台映えする素敵な衣装でした。

 

近くでじっくり見てみたいので、衣装展か写真集にしてほしいほどです。

 

落ちついた色合い、布の質感、光沢、役にふさわしいデザイン……

 

キャストが、いっそう素敵に見えました。

 

ベートーヴェン3兄弟が1幕で着ているベストは、それぞれ柄が違っていて、個性がよくあらわれていると思います。

 

コートもよく似合っていました。

 

ヨゼフィーネのエンパイア・スタイルのドレス、ナネッテやマリアの庶民的エンパイア・スタイル……いずれも目を惹きました。

 

3兄弟の写真:

 

 

プログラム

 

 

ハードカバーの書籍のようで素敵ですね。

 

25cm×18.5cmという持ち帰りやすいサイズで、本棚にもちょうどいいです。

 

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表紙にデザインされている楽譜は、ベートーヴェンの自筆譜です。

 

交響曲第9番の楽譜で、この写真と同じ部分です。

 

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中身も読み応えがあるので、おすすめです。

 

中島かずきさん、白井晃さん、稲垣吾郎さん、剛力彩芽さんのお話や、三宅純さんとピアニストお二人の鼎談、稲垣さんのウィーン紀行、楽曲についてなど充実した内容。

 

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このフライヤーのアザーカットもあったのでうれしかったです

  

🍉ここから先は内容にふれています🍉

 

 

ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(ルイス)(稲垣吾郎さん)

 

 

はじまりは、耳鳴りの音でした。

 

ベートーヴェンの頭の中に響く音が、劇場中に響き渡ります。

 

まるで彼の頭の中に迷い込んでしまったよう……

 

もしかすると劇場全体が、ベートーヴェンの頭の中なのかもしれません。

 

☕ ☕ ☕

  

稲垣吾郎さんはベートーヴェンそのものでした。

 

立っているだけでベートーヴェン

 

動けばさらにベートーヴェン

 

晩年、甥のカールを追いかける姿、歩き方などを見ていると、本当にベートーヴェンがそこにいるかのようでした。

 

低音で太く響く声も良い。

 

なにより、輝くばかりのオーラがあるので、舞台のどこにいても自然に目で追ってしまうのです。指揮者を見つめるオーケストラ奏者のように。

 

真ん中に立つべく生まれた方なのだと、しみじみと思いました。

 

 

傲慢でわがままで、心がせまいベートーヴェンは、年を重ねるごとに偏屈になっていきます。

 

まだ幼い甥のカールに厳しくしている姿など、ベートーヴェンが恨んでいる父親そっくりなので、見ていてつらくなってしまいます。

 

ものすごく嫌な人間なのですが、人助けをする情や優しさも秘めています。

 

稲垣さんは、そんな複雑なベートーヴェンを見事に演じていました。

 

最低なところのある人物であっても、けっして下品にならないのは、稲垣さんの人徳でしょうか。

 

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フライヤー

 

稲垣さんのベートーヴェンには、ドラマティックな楽曲がよく似合っていました。

 

印象的だった4曲について、順番に書きますね。

 

( 1 )

1幕、ニコラウスと一緒にピアノ工房を立ち去ったあとの場面転換では、ピアノソナタ第8番の第3楽章が演奏されます。

 

先へ先へと軽やかに急かすような旋律で、これからはじまる物語への期待で胸の鼓動が高鳴ります。

 

( 2 )

別れたヨゼフィーネが「夫が亡くなった」と言ってベートーヴェンのもとに帰ってきたときは、ピアノソナタ第23番「熱情」第1楽章。

 

そこから「熱情」の流れのままに場面転換していって、食堂のざわめきへといたる演出も秀逸でした。

 

( 3 ) & ( 4 )

マリアに告白して断られたあとも、稲垣さんの熱演が光っていました。

 

下手のピアノがソナタ第8番「悲愴」の第2楽章を奏でる中、マリアが立ち去り、ベートーヴェンは酷く落ちこみます。

 

すると、上手のピアノがソナタ第14番「月光」の第1楽章を、忍び寄る影のように弾きはじめます。

 

この曲は、初めて父親の幻影が登場したときにも流れました。

 

ルイスの暗い感情をあらわしているのでしょう。

 

そこへ不穏なメトロノームの音が重なり、ルイスは五線譜を探して荒れ狂うのです。

 

2日目は、ルイスの暴れ方が初日よりも激しくなっていて驚きました。

 

ソファを倒し、ローテーブルをひっくり返し、ピアノ椅子を頭上高く持ち上げて投げ捨てる寸前に、マリアが帰ってくるのです。まるで救世主のように。

 

熱演とピアノが融合して、凄味のあるシーンとなっていました。

 

 

稲垣さんのベートーヴェンは、今後もさらに深化をとげていくと思います。

 

これから先、一体どうなっていくのか、期待でいっぱいです。

 

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「月光」初版譜の表紙(1802年出版)


 

マリア・シュタイン(剛力彩芽さん)

 

 

マリアはベートーヴェンの才能を愛していて、彼のことを深く理解しています。

 

ナネッテもベートーヴェンの才能を愛していますが、理解はしていません。

 

そこがマリアとナネッテの違いです。

 

ニコラウスは兄の才能を愛していて、理解もしていますが、最後まで支えることはできませんでした。

 

そこがマリアとニコラウスの違いです。

 

マリアはベートーヴェンの最大の理解者であり、支えることができる唯一の人間なのです。

 

そういう人がそばにいてくれるのは、とても幸せなことだと思います。

 

 

剛力彩芽さんは立ち姿が美しく、舞台映えしていました。

 

声も聞き取りやすかったです。

 

クライマックスで、ベートーヴェンはマリアの言葉に助けられて絶望から解放されます。

 

ふたりの会話のみで進行し、観客を納得させなくてはならない難しくて重要なシーンなのですが、力強い演技で説得力がありました。 

 

 

ナネッテ・シュタイン・ストライヒャー(村川絵梨さん)、ヨハン・アンドレアス・ストライヒャー(岡田義徳さん)

 

 

ナネッテもアンドレアスも実在した音楽家でピアノ職人です。

 

ナネッテという歴史に名を残す興味深い女性をフィクションの中で大きくフィーチャーしていることも、「No.9」の面白さのひとつだと思います。

 

 

ベートーヴェンにとってナネッテは恋愛の対象なのですが、彼女にとっては違います。

 

彼女はベートーヴェンの「才能」を愛していて、同士だと思っているのです。

 

ナネッテはベートーヴェンにがっかりしてしまい、「嫌いになりたくないから、しばらく会いません」とクールに言い捨てて去ります。

 

自分の理想に忠実で、潔癖なのでしょう。

 

そんな彼女を、夫であるアンドレアスは「ピアノしか愛せない人」だと言います。

 

ピアノしか愛せない彼女を愛してしまった、と……

 

でも、アンドレアスはそれで幸せなのだと思います。

 

もしかするとアンドレアスは、ピアノしか愛せない彼女だからこそ、愛しているのかもしれませんね。

 

この場のセリフはとても良くて、愛の理想形のひとつではないかと思いました。

 

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ナネッテとアンドレアスのお墓(ウィーン中央墓地)

 

ナネッテが1818年に製作したフォルテピアノでの演奏を、Naxos公式で試聴できます。

 

粒がそろった宝石のように美しい音色です。

 

ベートーヴェンの「悲愴」他。

 

 

国分寺市いずみホールにはナネッテが1820年代に製作したフォルテピアノがあり、公式で「悲愴」第2楽章を弾いている動画が紹介されています。 

 

 

 

ニコラウス・ヨーハン・ベートーヴェン(鈴木拡樹さん)

 

 

『この役は、難しい……』

 

初日に2階席から見下ろしながら、そう思いました。

 

ACTシアターの2階からは、奥行きのある舞台のすみずみまで見渡すことができます。

 

ニコラウスの動線を目で追いながら、これは大変な役だと気づくのに時間はかかりませんでした。

 

鈴木さんは難役にキャスティングされて、今、果敢にそれを演じているのだと……

 

 

1幕

 

 

ニコラウスは常に兄のルイスと一緒なので、ずっと舞台上にいます。

 

家でカスパールと書きものをしていたのは、写譜でしょうか。

 

兄の仕事を助けているのでしょう。

 

外出につきそったり、郵便配達人に手際よくサインをしたり、兄を支える健気な弟だということがわかります。

 

しかし、まとまったセリフはなく、相槌や短い説明セリフが主なのです。

 

数少ないセリフで、兄への気持ちのほかに、マリアへの恋心も表現しなければなりません。

 

中央で何かをするということは特になく、常に脇にいて、話している誰かを見つめている役なのです。

 

 

鈴木さんは声がとても良くて、セリフも上手です。

 

言葉を心に届けることができる役者です。

 

一般的に、役者はセリフがあればあるほど印象を残せる可能性が高くなります。

 

セリフがないということは、能力の多くの部分を封じられているようなものだと思います。(特別な設定がない限り)

 

ニコラウスという役は、さらっと演じてしまったら、ただ「かわいい」だけで終わってしまう可能性もあるような気がします。

 

もちろん、ベートーヴェン三兄弟の末弟であり、兄たちにかわいがられて育ったかわいい弟なのですから、観客に「かわいい」と思ってもらえるのは良いことだと思います。

 

それに、「ひかえめで、口数が少なく、やさしくて、兄にふりまわされるかわいい弟役」というのは、「鈴木拡樹」という役者さんに適役ではあるのです。パブリックイメージそのままですからね。

 

しかし、初めて鈴木さんを観る観客には「かわいい」以上のインパクトを与えないと、あまり印象には残らない難しい役のような気がします。(ファンは観点が違うので、また別です)

 

あんなに凄い天魔王を演じた鈴木さんが「かわいい」だけで終わってしまったら、非常にもったいない話ですし、それだけで終わるとは思えません。

 

(今はこんなふうに冷静に書いていますが、観劇中は、どきどきしながら息をひそめて遠くから見守っていました……ʕ•ᴥ•ʔ💦)

 

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結論から先に書くと、やはり鈴木さんは「かわいい」だけでは終わらず、難しい役を見事に演じていました。

 

鈴木さんはセリフも上手ですが、セリフのない演技は、ものすごく上手なのです。

 

(髑髏城のレポでも、セリフがない天魔王のシーンについて何度も書きました。それほど、心に残るすばらしいお芝居だったからです。)

 

ニコラウスは、言葉こそ発しませんが、常に頭の中で何かを考えているようでした。

 

きっと頭の中では、たくさん話しているのでしょう。ただ、口に出して言わないだけで……

 

表情から、それがよく伝わってきました。

 

誰かが何かを言うたびに、何かが起こるたびに、ニコラウスは繊細な反応を見せます。

 

わずかな目の色の移り変わりで、「今、彼は何か思った」ということが伝わってくるのです。

 

所作や佇まいに、無口な彼の豊かな感情があらわれていました。

 

天才である兄への尊敬と憧憬、感謝、愛情、心配、いらだち……

 

まるでセリフのように雄弁に語っていたのです。

 

 

たとえば、1幕の終盤で、ルイスが遺書を残して姿を消してしまい、みんなで捜索したときのことです。

 

ベヒシュタインが奏でるのは、ピアノソナタ第1番、第4楽章。

 

胸がかきむしられるような強烈なテーマの曲です。

 

聴いているだけで不安と焦燥がつのります。

 

舞台上にはピアノの弦のような硬質な棒が、床から天井まで何本ものびています。

 

その間を、ニコラウスは兄を探して必死で走りまわるのです。

 

ウィーンの街の雑踏をかきわけるように、森の木々のあいだをすり抜けるように……

 

兄を探すニコラウスの様子で、舞台がウィーンの街のようにも、森のようにも見えました。

 

(初日の席は2階の上手でしたので、舞台のいちばん奥から必死の形相で駆けてくる彼がよく見えたのです。)

 

 

走りまわった末に、やっとのことで兄を発見すると、ニコラウスは息を切らせながら安堵の表情を浮かべました。

 

下手の薄暗がりから、中央でスポットライトを浴びる兄をまぶしそうに見上げる顔には、尊敬と憧憬が浮かんでいます。

 

『レオノーレ』の初演時なので、ニコラウスは29歳くらいでしょうか。

 

この数年後に兄の家を出たことを考えると、兄が生きていたことを喜ぶ一方で、もしかすると、知らず知らずのうちに、反発する気持ちも胸の奥で芽生えはじめているのかもしれません。

 

次兄のカスパールが苦しそうにしたら、心配した表情でのぞきこみます。次兄は体が弱いのです。

 

ニコラウスの心配は絶えません。

 

観客のほとんどは中央にいるベートーヴェンを見ているシーンなので、鈴木さんは影から控えめに支えるように、繊細な芝居をしていました。

 

 

このように、セリフがひとこともなくても、海のように広がりのあるドラマが伝わってきたのです。

 

 

2幕

 

 

1812年、ニコラウスは36歳になっていました。

 

風貌も大きく変わり、声も低くなっています。

 

どういう風貌かは、ぜひ劇場で観てほしいので、大千穐楽の後に書きますね。

 

(ダンディでかっこよかったです……) 

 

もしかするとあの変貌は、兄ルイスへの反発も若干あるのでしょうか……?

 

兄のスタイリングとはまったく違う方向性だったので。自立への第一歩?

 

 

20代のときは、純粋でまっすぐで、かわいかったのですが、年を重ねるにつれて世間を知ったのか、変わっていきます。

 

ごく普通の結婚をして、ごく普通に働く、ごく普通の小市民的生活を送っているようです。

 

さらに時は流れ、ベートーヴェンが第九を初演した1824年には、ニコラウスは48歳になっていました。

 

鈴木さんは、20代30代40代を巧みに演じ分けていたので、歳月の重みがしっかりと伝わってきました。

 

 

たとえば、1幕と2幕には、同じセリフがあります。

 

兄ルイスをたしなめる、「言い過ぎだよ」というセリフです。

 

これが、24歳のときと36歳のときでは明らかに違っていて、印象に残りました。

 

24歳のときは、まだ前向きな気持ちで口を出しているようだったのですが、36歳の言葉には、"一応、言ってはみるけれど、半ばあきらめつつある" というような響きがあったのです。

 

12年間で、兄弟のあいだにも色んなことがあったのでしょう。

 

兄を変えることは自分にはできないのだと、気づいてしまったのかもしれません。

 

それでもまだ兄を愛しているので、口に出して注意してみるのだと思います。

 

兄への想いと葛藤が伝わる、良いセリフでした。

 

 

🍉 🍉 🍉

 

 

ニコラウス最大の見せ場は、36歳のときの、マリアへの求婚です。

 

セリフが最も長いシーンでもあります。

 

ニコラウスは、マリアがメイドとしてやってきた日から、彼女に好意をよせていました。

 

いつも彼女のことを見つめていましたし、彼女が仕事をやめようとしたときは必死で止めていました。

 

なにより、「マリア」と呼ぶ声がとてもやさしいのです。

 

(もしかするとピアノ工房で初めて会ったときから、個性的な彼女のことが印象に残っていたのかもしれませんね。)

 

(恋愛感情には鈍そうなので自覚していなかったのではないかと思いますが、無意識のうちに惹かれていたという可能性もあります……)

 

つまりニコラウスは、12年間ずっと彼女のことが好きで毎日会っていたにもかかわらず、いちども告白しなかったというわけですね(!)

 

(もっとも、ニコラウスの恋心はルイスも知っていたので、マリアもたぶん気づいていたのではないかと思います。知らぬは本人ばかりなり……)

 

満を持して、意を決して、ついに告白したわけですが、即答で断られてしまいます。

 

それだけでも悲劇なのですが、突然、部屋に入ってきたナネットに見つかってしまい、さらなる悲劇が起こります。

 

ナネットはベートーヴェンに迫られた直後だったのです。

 

ニコラウスは、ベートーヴェンに対するナネットの落胆と怒りのまきぞえになってしまいます。

 

求婚シーンを台無しにされた上に、「まったく兄弟そろって!」どいつもこいつも男ってサイテー!(大意)みたいなことを言われてしまい、とんだとばっちりです。

 

ニコラウスは12年間もマリアひとすじで、やっとの思いで告白したというのに、惚れっぽいリア充なルイスと同類だと思われてしまって気の毒でした😅💦

 

 

傷心のニコラウスは、手にしたベートーヴェンメトロノームを黙って見つめます。

 

心の中では、さまざまな感情がうずまいていることでしょう。

 

メトロノームに心を残すようにして、そっとテーブルの上においてから、ひとりで家を出ていきました。

 

 

あのメトロノームは、ベートーヴェンの象徴なのでしょう。

 

やっぱり兄さんにはかなわない、と思ったのでしょうか……

 

『さようなら、これでお別れ』

 

『ぼくは出て行って、もう二度と戻らない』

 

『少し遅かったかもしれないけれど、自分の人生を始めることにするよ……』

 

そんな心の声が聞こえてくるようでした。

 

 

彼は敗れてしまったのかもしれません。

 

でも扉の外にはきっと、新しい世界が待っていることでしょう。

 

 

 

🍉 🍉 🍉

 

 

ここまで読んでくださって、どうもありがとうございますʕ^ᴥ^ʔฅ

 

 

本記事は、11日と13日の舞台について書いたものです。

 

鈴木拡樹さんは万華鏡のような人なので、日々、深化して、今ごろは芝居が変わっているのではないかと思います。

 

 

東京千穐楽でニコラウスに会うのを楽しみにしていますね。

 

 

ʕ ❛ᴥ❛ʔฅ🎹🎶 

 

掲載情報 

 

 

Webインタビュー

 

ライブドアニュース 2018年11月29日 前編

ライブドアニュース 2018年11月30日 後編

 

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